2007年06月19日
第2部 レースレポート(後編)
ニュルの歴史に残る異常事態
ニュル24時間レースの「名物」のひとつに、コースの各所を監視するマーシャルの存在があります。現在のニュル24時間レースでは、約850人ものマーシャルが交代で各ポストの安全を監視しているのです。 彼らはイベントごとに給料で雇われるのではありません。各ポストのマーシャルはそのエリアを知り尽くした地元の人々が栄誉として請け負い、その経験を家族や親戚が共有・継承しているのです。最近でこそレースの急速な成長に伴い各国の経験豊富なマーシャルを受け入れるようになりましたが、彼らもまたこの仕事を「生涯担うべき名誉」と考えているようです。
オールドコースとグランプリコースの接続部分を監視するベルナーさんは、『グランツーリスモ』の大ファンだと声をかけてくれたうえで、「今日は父親も母親も姉もその息子も来ているよ。レースの始まったときから家族みんなでこのポストを監視しているんだ」と話してくれました。 昼夜を問わずコースの安全を守り、時には1時間半にもわたって黄旗を振り続ける彼らマーシャルの存在は、ニュル24時間の隠れた主役といっても過言ではないのです。
ファルケンZがガレージテントに姿を消した頃、コース上ではそのマーシャルが頭を抱える事態が発生していました。 午前3時をすぎて風が止み、スタート時に降った雨が猛烈な濃霧となってコースを覆ってしまったのです。グランプリコースはもちろんのこと、山間部のオールドコースはもはや数メートル先が見えません。レースマシンは止まるような速度までスローダウンし、ピットからはペースカーがあわただしくコースインしていきます。 3時56分、やむなくオフィシャルはレース中断を決定。すべての車両をホームストレート上に停止させました。レースはこの前の周回で仮のゴールとなり、天候が回復すればこの順位で第2ヒートが開始されます。ニュルの歴史に残る異常事態です。
この時点でマンタイレーシングの1位は不動でしたが、10秒以上速いラップタイムで猛追を開始していた2位のランドモータースポーツには、この中断が大きな痛手となりました。 日本勢ではファルケンZがエンジン換装のため57位へと後退。アルテッツァの2台は110号車が129位、スピンを喫した109号車も131位に留まっています。いっぽうシビック・ハイブリッドは長い航続距離を武器に順位を上げ、132位とアルテッツァに追いついてしまいました。一時順位を落とした木下選手のNSX-Rは36位まで追い上げたところで、予期しなかった休憩に入ります。
濃霧は観客やエントラントすべての期待を裏切り、予想以上に長くニュルを覆い続けました。夜が明けてもコースは完全に白い闇に閉ざされたまま。日帰りで観戦にやってきたツーリストたちが、沈黙したニュルブルクリンクに呆然としています。 結局第2ヒートのグリッド配置が始まったのは8時39分でした。フォーメーションラップが動き出したのはさらに1時間たった9時31分。残り7時間の死闘の始まりです。
激変するコンディション
再スタートではマンタイレーシングがまたもやトップに立ちました。そのリアに、中断前まで追撃を演じていたランドモータースポーツの911RSRが食らいつきます。このマシンの前に出なければ、ランドモータースポーツの勝利はあり得なくなったからです。 沈滞を蹴散らすようなドッグファイトに観衆から大歓声が巻き起こります。ところがオールドコースに入って、ランドモータースポーツのポルシェはフロント右をマンタイレーシングのリアにヒットしラジエターを破損。一騎打ちはあえなく幕を閉じることになりました。 さらにその30分後、5位から再スタートして3位に上がっていたフェニックスレーシングのアストンマーチンDBRSがハッツェンバッハで息を止めました。これを機に、地元ザクスピード・バイパー3号車が2位に浮上。周回遅れながら上位浮上をあきらめなかったシューベルト・モータースポーツのZ4 Mクーペが3位へとポジションをアップさせました。
ゴールまで5時間を切った正午には、またもや忌まわしい雷鳴がニュル周辺を騒がせ始めました。12時半にはついに昨日のような雨が降り出し、全車がレインタイヤ装着のためピットに飛び込んでいきます。しかし3位を走っていたシューベルト・モータースポーツはピットにたどり着く前にスピンを喫し、順位を大きく落とすことに。
さらにはエンジン換装で蘇ったファルケンZもスピンによってエグゾーストパイプを損傷しましたが大事にはいたらず、ピットでの固定作業によって再びコース上に返り咲きました。 結局雨は昨日のような豪雨にはならず、30分後には再び路面が乾き始めました。今度は一斉にスリックタイヤへの交換が始まり、ピットレーンは大混乱です。15時間を経過して依然としてトップはマンタイレーシング。ザクスピードが2位、ランドモータースポーツのポルシェが3位につけています。
ファルケンZは先ほどのスピンがたたって59位。アルテッツァは110号車が113位、109号車が127位にいます。シビック・ハイブリッドはこの109号車にぴったりつけて128位。クラスは違いますが両車のタイム差は40秒まで縮まってきました。
ニュルブルクリンクが訴え続けるもの
本来ならばフィニッシュである午後3時をすぎると、各車は満身創痍のマシンの維持温存に力を注ぎ始めます。3時30分、2位のバイパー3号車が最後のドライバー交代。トップのマンタイレーシングも3時45分、「もうリスクは冒さない」と言い残して最後のドライバーがピットアウトしていきました。ファルケンZもショイスマン選手から田中選手へと最後のステアリングが託されます。
いよいよ4時を回り、ピット前にはゴールを意識した人が慌しく行き交うようになりました。その数は時間を追うごとに増え、4時30分をすぎる頃にはピットとコースをさえぎる金網が人だかりでびっしり埋まります。グランドスタンドの大観衆とともに自分のチームのマシンにこぶしを振り上げ、最後のラップへと送り出すのです。
そして運命の4時51分。 何千というエアホーンが一斉に吹き鳴らされ、コントロールライン周辺は祝福の嵐に包まれます。1台1台がゴールラインを切るたびに大きな拍手が起こり、24時間を戦いぬいたマシンとドライバーは惜しみない喝采を浴びるのです。
結局優勝は帝王然とした走りを貫いたマンタイレーシングのものに。この勝利は昨年に続く2連覇で、ポルシェにとってはニュル24時間8度目の栄冠を意味します。 2位には地元ザクスピードのバイパーGTS-R3号車が入り、1位以上の大歓声を集めました。そして3位は一瞬たりとも挑むことをやめなかったランドモータースポーツのポルシェ911RSR。一時は順位を落としながらも、2位に5分18秒まで迫ったその闘争心は惜しみない賞賛に値するものです。
総合26位には、木下隆之選手の属したドイツチームのNSX-Rが食い込みました。SP6クラスとしては6位にあたる成績です。復活第1戦目の戦いをファルケンZは結局33位、クラス11位でゴール。早くも来年への闘志をあらわにしていました。
「Team Gazoo」のアルテッツァは110号車が総合104位、クラス14位。109号車が総合110位、クラス16位に。ニュル初経験のチームが成し遂げた戦果にしては十分すぎる手ごたえに違いありません。そしてシビック・ハイブリッドは2台のアルテッツァに割って入る総合108位、クラス6位をゲットしました。今後低燃費を武器にしたマシンは、耐久レースの新潮流となるでしょう。
こうして今年のニュルブルクリンク24時間レースは幕を閉じました。 マシンの戦闘力、耐久性、マンパワー、戦略、そして運不運。耐久レースはありとあらゆる勝利の要素が試される総力戦です。結果としてその戦いは、高度に管理されたチーム運営へと昇華しがちですが、ニュル24時間レースはその中で「人間臭さ」の面白さ、大切さを訴え続けているように思えて仕方ありません。
この「人間臭さ」が失われない限り、来年も、再来年もこの地には、300台近いエントラントと1000人のドライバー、そして20万を超す大観衆が集まり続けることでしょう。 できることならば私たちも、その営為を見守り続けたいと強く感じました。
| 第1部 レースレポート(前編) | 第3部 レースリザルト | |
























