2007年06月19日
第1部 レースレポート(前編)
予想もしなかった過酷な幕開け
2007年6月9日午後1時10分。うっすらと陽光が射すニュルブルクリンク・グランプリコースのホームストレートに、マシンが続々と押し出され始めました。
フロントウィンドウに『GRAN TURISMO』のロゴステッカーを貼り、本戦出場の資格を得た参戦車両は228台。コース上はそのマシンとチームクルー、さらには彼らの家族や仲間たち、そしてそれを取材する報道陣で埋め尽くされ、お祭りのような高揚感であふれかえります。
「西の空が暗いな」
スタートシーンを収めるため、オールドコースへ向かっていたカメラマンは、しかしこうつぶやきました。実はこのひと言が、1時間後、重い現実となって表れることになったのです。
午後2時すぎ。陽光が完全に途切れて雷鳴がとどろき、猛烈な雨が降り始めました。たちまちコースには冠水箇所ができ、オールドコースでは濁流が土砂を押し流す惨状に。結局、天候回復と復旧に2時間を要し、今年のニュル24時間レースは4時20分に、フォーメーションラップの一団が動き始めました。
何度見てもニュル24時間レースのフォーメーションラップは感動的です。オールドコースに数万人もの観客がなだれ込み、ドライバーたちとハイタッチを交わしてゆくのです。
ある日本人ドライバーは始めてこのレースに出場したとき、「このラップだけで苦労が吹き飛び、目頭が熱くなった」と漏らしました。この印象的なラップが今年は少雨の中2周続き、4時51分、決勝のグリーンシグナルが点灯しました。長い長い旅の始まりです。
トップ集団に生き残るために
今年のニュル24時間では、耐久レースの雄ポルシェと地元ザクスピードが駆る2台のバイパーGTS-Rに、新興勢力のアストンマーチンがどう迫るかという点が話題を集めました。 しかし見どころはもちろんそれだけではありません。 日本人としてもっとも注目したいのは、1年ぶりに参戦を果たしたファルケン・モータースポーツです。
今年は長年試練を供にしてきたGT-RからZ33(フェアレディZ)へとマシンを変更。このマシンはスーパー耐久を戦う「Version NISMO Type 380RS-C」をベースに、ニュルのレギュレーションに沿ったモディファイを加えたマシン(SP7クラス)ですが、8日の予選で総合17位に付け、上位入賞の期待ががぜん高まっています(ドライバー:ピーター・ダンブレック/ダーク・ショイスマン/田中哲也/星野一樹)。
トヨタからは、人材育成を狙って開発部門の社員で構成した「Team Gazoo」が出場。マシンは何度かニュルを戦った2台のアルテッツァ(SP3クラス)ですが、1台にはトヨタのエグゼクティブがドライバーとして参戦しており、取材陣もその英断に驚きました。
この他話題を集めたのがシビック・ハイブリッド(S1クラス)。このマシンは日本の「もてぎJoy耐」に出場していたRA-H03そのものですが、今回はドイツ人ドライバーが超低燃費をどう生かして戦うかが見ものです。さらには「ファルケン・モータースポーツ」で長年ニュルを戦ってきた和製ニュルマイスター、木下隆之選手が昨年同様現地チームからNSX-Rでエントリーしており(SP6クラス)、豊かな経験を生かした走りが期待されます。
スタートからの1時間は、各クラスでトップ集団に生き残るための全開レースが展開されます。序盤は名門フェニックレーシングの駆るアストンマーチンDBRSが快調に飛ばし、レース運びをリードするように思われました。しかしドライタイヤへの交換時期を見誤り、午後6時すぎには911RSRとケイマンに先行を許すことになります。
2時間後、ケイマンとのバトルを制してトップに立ったのは昨年の覇者、マンタイレーシングのワークス911RSR。膨大なレース経験と高度な戦略に裏付けられた走りは圧倒的な存在感に満ちており、早くもレースの主導権を握ったかのようです。
日本勢ではファルケンが全開で飛ばし、4周目にはトップ10に食い込みましたが、その後1度ドライバーチェンジを行い、1時間後には総合22位、クラス13位に付けました。「Team Gazoo」のアルテッツァ(110号車)は5時45分、リアタイヤにダメージを負いましたが、タイヤ交換で無事コースに復帰しています。
好調にポジションをあげる日本勢
こうして戦いが進んでいく中、コースサイドのギャラリーは完全なアウトドア感覚でレースを楽しんでいます。気の早いグループは、実はオールドコースのキャンプサイトに水曜日から陣取って、鉄パイプで即席の観戦スタンドまで組み上げてしまうのです。この週末、ニュルに集まったギャラリーは21万人。彼らはビールの樽をいくつも空にしながら、自由なスタイルで24時間を楽しみ尽くすのです。
そのギャラリーがコースサイドでバーベキューを始め、その炎が空を染めるようになる午後9時、いよいよレースはナイトセッションに突入しました。 トップを走るのは依然としてマンタイレーシングのポルシェ。それに3分遅れてランドモータースポーツの911RSRが続いています。スタートラップでコースアウトし8位まで転落したバイパー3号車もこの時点で3位まで復帰。以下トップ5が6分以内の差で周回しており、些細なトラブルやミス1つで順位が入れ替わる余談の許さない状況です。
いっぽう日本勢ではファルケンが順調なペースで走り続け、9時50分時点で総合12位、その後さらに順位を上げて深夜には8位までポジションを上げてきました。シビック・ハイブリッドも下位のスタートからじわじわと順位を上げ148位までポジションアップ。2台のアルテッツァも114位、138位で健在です。
ちなみに、この時点でのファルケンZのラップタイムは、トップの9分前後に対して9分40秒前後。それでいてポジションアップが果たせるのは、ファルケンZの圧倒的な燃費のよさに起因しています。他チームのピットインの間にラップ差を克服する、耐久レースならではの戦略です。このままいけばひと桁入賞が完全に射程圏内です。
ところが、まさにその絶好調の瞬間にファルケンZを不運が襲います。 深夜2時過ぎ、ショイスマン選手がシートを降り、田中哲也選手が2度目のスティントへとピットを後にしました。ところが「エンジンが吹けない」という無線が入り、ファルケンZはスローダウン。再びピットへ戻ってきてしまいます。
以降、電気系のリセットや点火系パーツの交換で復旧を試みますがエンジンは復調しません。午前3時、ついにチームはエンジン換装を決意して、Zをパドックのガレージテントに運び入れたのです。
(後編に続く)
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