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トップドライバー参戦企画 第2弾 S.ロウブ ×『GT4オンライン』 2006年08月29日
セバスチャン・ロウブ×『GT4オンライン』ムービーを見る
S.ロウブ×『GT4オンライン』
成田到着から驚異のタイムアタックまでの1日を密着取材!(12分13秒)


プロローグ
2005年6月5日、ロウブはWRC(世界ラリー選手権)第7戦トルコ・ラリーで見事優勝を飾った
2005年6月5日、ロウブはWRC(世界ラリー選手権)第7戦トルコ・ラリーで見事優勝を飾った
表彰台でのシャンパン・シャワー後すぐにヘリコプターへ。そしてプライベートジェットに乗り換えた
表彰台でのシャンパン・シャワー後すぐにヘリコプターへ。そしてプライベートジェットに乗り換えた
表彰台でのシャンパン・シャワー後すぐにヘリコプターへ。そしてプライベートジェットに乗り換えた
機内で『グランツーリスモ 4』に向かい合う。このとき『GT4』はゲームではなく、「シミュレーター」であった。サルト・サーキットのレイアウトや路面の特徴をここで身体にたたき込んだのである

ル・マン出場経験がないドライバーはこのテストデイに最低10ラップを刻まなくてはならない。果たして間に合うのか?

ル・マン出場経験がないドライバーはこのテストデイに最低10ラップを刻まなくてはならない。果たして間に合うのか?

10ラップアタックを終えてピットに戻ったのは、チェッカーが振られるわずか21秒前。奇跡のようなル・マン出場権獲得の瞬間であった

10ラップアタックを終えてピットに戻ったのは、チェッカーが振られるわずか21秒前。奇跡のようなル・マン出場権獲得の瞬間であった

2005年6月5日。世界ラリー選手権第7戦トルコ・ラリー最終日の表彰台の中央に、一人のフランス人がいた。昨シーズンのシリーズチャンピオンでもある彼は、今シーズンこれで5勝目。しかも第4戦ニュージーランド以来4連勝という圧倒的な戦績である。しかしその歓喜の中で、彼はある試練に直面していた。

自らの速さがラリーステージ以外でどれだけ通用するのか。彼はそれを確認すべく、この年ル・マン24時間レースに初エントリーすることを決めていた。しかしこの世界一有名な耐久レースに挑むルーキーは、テストデイにサルト・サーキットを10ラップして自らの速さを証明しなければならない。そのテストデイが今日なのである。
彼は不可能を可能とすることを決意した。トルコ・ラリーの優勝記者会見をキャンセルすると、リゾート地ケメルからヘリコプターに搭乗。途中でチャーターしたプライベートジェットに乗り換え、フランス北西部の小都市、ル・マンを目指したのである。

シトロエン・スポーツからペスカローロ・スポーツのレーシングスーツに着替えた男が、サルト・サーキットに現れたのは18時過ぎのこと。たちまちサーキットじゅうから報道陣が集まり、彼の回りは蜂の巣をつついたような騒ぎとなる。
実を言えばこのとき、テストはすでに終了していても不思議ではなかった。ところがこの年、レースの主催者ACOは彼の熱意に折れ、テストデイのチェッカーフラッグを19時まで延長したのである。

彼はためらうことなくペスカローロのル・マンカー、C60ジャッドに乗り込むと、“存在証明”のための10ラップへと旅立つ。そして濡れ始めていた路面をじょうずにとらえ、ルーキーとしては充分すぎる3分45秒台のタイムを記録する。

こうして、トルコの地でスペシャルステージを戦っていた男は、夕刻3000km離れたサルト・サーキットで10ラップを走りきり、見事ル・マンの出場資格を手に入れたのである。彼がアタックを終えてピットに戻った時刻は18時59分39秒。チェッカーフラッグが振られるまで、あと21秒という僅差だった。

しかしなぜ彼は、初挑戦のサルト・サーキットをここまで完璧に攻略できたのか? その秘密は、彼がチャーターしたプライベートジェットにあった。その機内にはなんと「プレイステーション 2」と「GT Force PRO」が備え付けられていたのである。彼はジェット機のシートで『グランツーリスモ 4』のサルト・サーキットを走りこみ、見事不可能を可能にしたのである。そのフランス人の名前は、セバスチャン・ロウブという。




これがワールドチャンピオンの走りだ

2006年8月26日午後2時過ぎ、パリから成田空港に到着したロウブ。かなりリラックスした表情であった
2006年8月26日午後2時過ぎ、パリから成田空港に到着したロウブ。かなりリラックスした表情であった
タイムアタック前にポリフォニー・デジタル社内ツアーへ。最新のテクノロジーに興味津々の様子
タイムアタック前にポリフォニー・デジタル社内ツアーへ。最新のテクノロジーに興味津々の様子

午後7時、タイムアタック開始。スタッフの間に不安と緊張が入り交じるなか、あっという間にマシンを手なずけ、意のままに操り始めた

午後7時、タイムアタック開始。スタッフの間に不安と緊張が入り交じるなか、あっという間にマシンを手なずけ、意のままに操り始めた

奇跡のル・マンテストから1年余りたった2006年8月26日夕刻。そのセバスチャン・ロウブがポリフォニー・デジタルにやってきました。「ぜひとも『グランツーリスモ 4 オンライン実験バージョン』で日本のファンと腕前を競ってほしい」。私たちのそんなオファーに応えるため、成田空港から直接このスタジオを訪れてくれたのです。『グランツーリスモ』シリーズプロデューサー山内一典が出迎え、久方ぶりの再会に固い握手を交わします。

午後6時すぎ。開幕まで伏せられているレギュレーションを決める打ち合わせが始まりました。今年ル・マンの2位表彰台に上ったロウブは順当にサルト・サーキットアタックをリクエスト。となるとマシンもペスカローロC60 LMPジャッドレースカーで決まりです。開幕時間は19時。いつもどおりエントリー時間15分、アタック時間20分という過酷なタイムアタックの内容が決まりました。

実を言うと、この設定には不安の声も聞かれました。ロウブは世界ラリー選手権で世界中を駆け回っていて、ここしばらく『グランツーリスモ』に接していないという近況を耳にしていたからです。ましてや長旅の直後に、周回数わずか5~6ラップというタイムアタックがこなせるでしょうか。
結局、このイベントが実施されたのは、彼が数々の極限状況下で見せてきた奇跡のような走りに、誰もが強い期待を寄せたからだと思います。事実そのタイムアタックは、私たちの想像をはるかに超える鮮烈なチャレンジとなったのです。

午後7時ちょうど。イベントのレギュレーションが表示され、いよいよタイムアタックの始まりです。数分前からシートに収まっていたロウブもコースイン。すぐ脇にはアドバイザーとして山内が付き添っています。
しかしその1周目の第1コーナーで、早くも私たちの不安がまったくの杞憂であったことが分かりました。ロウブの脳裏には、すでに明確な“速さのイメージ”があることが分かったからです。

たとえ1周目であっても、彼にはウォームアップという考えはありません。最初から全開でコーナーに飛び込み、結果として生じる挙動に一瞬一瞬本能的なアクションを返すことで最適解を導き出してしまうのです。ラインどりや操舵、ペダルワークといった要素に還元できないきわめて高度なドライビングです。
たとえば減速が足りずブレーキを残してコーナーへ進入してしまうこともあります。ところがロウブは、そこから先でアンダーステアを出し始めるクルマと一瞬一瞬折り合いをつけながら、圧倒的な速さを伴ってクルマを前に進めてしまうのです。しかもそのミスがしっかりフィードバックされて、次ラップはさらに理想的な位置と向きにクルマを載せてきてしまうあたりは鳥肌が立つ光景です。
最初の1ラップが終わる頃、アタックを眺めていたスタッフは皆言葉を失いつつありました。



鳴り止まぬ拍手・・・・・・「ありがとう、ロウブ」

セバスチャン・ロウブ選手のタイムアタックリプレイムービー/主観視点(3分22秒)
セバスチャン・ロウブ選手のタイムアタックリプレイムービー/主観視点(3分22秒)
セバスチャン・ロウブ選手のタイムアタックリプレイムービー/客観視点(3分22秒)
セバスチャン・ロウブ選手のタイムアタックリプレイムービー/客観視点(3分22秒)
YAM23選手のタイムアタックリプレイムービー(3分21秒)
YAM23選手のタイムアタックリプレイムービー(3分21秒)
山内一典のタイムアタックリプレイムービー(3分22秒)
山内一典のタイムアタックリプレイムービー(3分22秒)

午後7時10分過ぎ。「まだ間に合う。僕も走らなくては」と山内が隣のシートに移る

午後7時10分過ぎ。「まだ間に合う。僕も走らなくては」と山内が隣のシートに移る

ロウブは各セクションで青字を出し続け、すいすいとタイムを稼いでいく。あまりの素晴らしさに周囲から歓声とため息が漏れる

ロウブは各セクションで青字を出し続け、すいすいとタイムを稼いでいく。あまりの素晴らしさに周囲から歓声とため息が漏れる

夢のような時間が終わり、周囲から大歓声と拍手が起きた。「いやあ・・・本当にすごい。天才のドライビングを見せてもらった。感動しちゃうね」と山内

夢のような時間が終わり、周囲から大歓声と拍手が起きた。「いやあ・・・本当にすごい。天才のドライビングを見せてもらった。感動しちゃうね」と山内

1ラップ目で、サルト・サーキットの複雑なコースアウト判定を頭に入れたロウブは、一度のリスタートをはさんだ2ラップ目で早くも結果を出します。3分13秒343。緊張と静寂が支配していた彼の周囲がいきなり大拍手と歓声で包まれました。はたしてこれが、久しぶりに『グランツーリスモ』をプレイした人のタイムでしょうか。
とはいえロウブはまだ納得いかないらしく表情を緩めません。その理由は次の周回ですぐ分かりました。ロウブがタイムを大きく更新したからです。3分12秒207。あたりは本物のサーキットにいるかのような大歓声。さすがにこのときはロウブもあたりを見回し、にっこりと微笑みました。

午後7時10分。「このタイムを参加者の基準タイムにしてもらおう」という提案でロウブは一度ログアウトし、タイム申請を行うことになりました。
そのときです。ロウブの脇でずっと走りを分析していた山内が「これは僕も走らないと……」と漏らして隣のシートに滑り込みました。ロウブの才気あふれる走りに魅せられて、改めて走るという衝動がわき起こったのでしょう。2人はさっそくログインすると、ラスト20分の死闘に飛び込んでいきました。

最初に結果を出したのはまたもやロウブでした。再ログインしたいきなりの1ラップ目、彼は自己ベストを大幅に短縮する3分11秒298をたたき出し、またもや大歓声の中心にいました。「11秒台入りは数人のトップランカーだけ」。スタッフはこう考えていただけに、ロウブ自身が11秒台前半入りするとは、夢をみているようです。
続いて山内が暫定ベストを記録しました。3分13秒22。決して凡庸なタイムではありませんが、ロウブの夢のようなタイムの前では納得するわけにはいきません。山内は手を休めることなくアタックを継続し、3ラップ目に自己ベスト3分11秒696をたたき出しました。さあ、これでロウブの記録が射程圏内に入ったか。

そのとき、ランキングが発表になりました。ロウブは申請した12秒台のタイムでなんとトップ! しかもすでに11秒台が出ているわけですから、これが更新されれば首位キープも夢ではありません。いっぽうの山内はまだ表示待ちの状況です。
ところがシークレットアタックは甘くありません。午後7時25分、再びランキングをチェックしてみると、ロウブの激走の影でおなじみトップランカー軍団が着実にタイムを出していました。

ロウブは自己ベストが登録されたものの、上位陣の申請によって10位へ後退。山内のベストタイムも記録されましたが、ロウブに続く11位です。いっぽうランキングトップは、もはや1位が定位置と評される強豪中の強豪、YAM23選手。そのタイムはなんと3分8秒968! このタイムにはさすがのロウブも圧倒されたようで、アタック終了後、食い入るようにリプレイを分析していました。

午後7時30分すぎ。ここまで執拗に攻め続けてきた2人ですが、13kmを超えるコースは11秒台突入後のタイムアップを拒み続けています。いよいよ残り時間はラスト1ラップ分となりました。
その最終ラップ、ロウブはベストよりもやや遅い区間タイムを徐々に詰めていきますが、残り時間1分にして最終シケインでコースアウト。同じく山内も38秒を残して最終シケインの犠牲となり、アタックの権利を失いました。
それにしてもこの20分のなんと濃厚だったことか。ロウブがシートから立ち上がると割れんばかりの拍手が起こり、このワールドチャンピオンの資質を改めて全員がたたえました。フランスの英雄、セバスチャン・ロウブを迎えたタイムアタックは、こうして幕を閉じたのです。タイムアタックの結果はこちら

誰よりも速いこと。誰よりも強いこと。それがワールドチャンピオンの条件だと人々は思っているでしょう。私たちもそうでした。

しかしロウブは、「真のチャンピオンはドライビングを通じて人々に感動を与えるのだ」と教えてくれたのです。
鳴り止まない拍手の中で、ロウブは最高の笑顔をみせてくれました。
素晴らしい時間をありがとう、セバスチャン・ロウブ! これからもますますの活躍を応援します。

ロウブにしか表現しえない「感動のタイムアタック」を『グランツーリスモ』を通じて感じていただければ幸いです。

セバスチャン・ロウブより『グランツーリスモ』ユーザーへのメッセージ

「毎年日本に来るのを本当に楽しみにしているし、来るたびに自分を応援してくれる人が増えていることにも感激している。今日は『グランツーリスモ』の制作の現場を訪れて、ユーザーの皆さんと戦うことで緊張もしたが、すごく楽しんだよ。次世代の『グランツーリスモ』でもぜひ皆さんとこんな空間を共有したい」

山内一典より

「正直言えば、ごく短時間のイベントでロウブがいい走りを見せてくれるか心配でした。しかし、それはまったくの杞憂でした。本当に想像以上の走りでした。才能ある人の運転とは、すごいものですね。
走りで人を感動させることはゲームでも本物でも変わらない。それを教えてもらいました。今日は純粋にひとりのレースファンとして非常に貴重な体験をしました。心の底から感動しています。
世界を転戦する大変ハードなスケジュールにもかかわらず、私たちの願いを聞いてくれて感謝しています。本当に、どうもありがとう」


セバスチャン・ロウブ プロフィール

セバスチャン・ロウブ

1974年フランス生まれ。器械体操選手からラリードライバーに転身。1998年ワンメイクシリーズの「シトロエン・サクソ・トロフィー」で2勝、翌年同タイトルを獲得。2002年からシトロエンよりWRCに参戦、2004年WRCシリーズチャンピオンに輝く。2005年も数々の記録を塗り替えながらWRCチャンピオンを2年連続で獲得。現在「WRC歴代最多勝利(2006年ラリージャパンで更新、通算27勝)」、「WRC同一イベント5連覇(ドイツラリー)」の記録を更新中。

今シーズンはシトロエンがワークス活動を休止したため、プライベーターとしてシトロエン・クサーラWRCをドライブ。苦戦も予想されたが、現在ドライバーズポイントトップを快走中。フランスのスポーツマン人気ランキングではサッカーのジダン選手についで人気があり、フランスの英雄として尊敬を集めている。また2005年、2006年の「ル・マン24時間レース」にも参戦し話題を集め、2006年は堂々2位を獲得。F1チャンピオンのフェルナンド・アロンソらと並んで、世界中から注目を集めるトップドライバーのひとりである。


※ポリフォニー・デジタル来社後の2006年9月3日(日)、セバスチャン・ロウブは北海道で開催されたWRC第11戦「ラリージャパン」において見事優勝を果たしました。これにより、カルロス・サインツが持っていたWRC最多勝利数(26勝)を上回る27勝を記録。名実ともに「史上最強のWRCチャンピオン」となりました。



Text by グランツーリスモ・ドットコム運営チーム
Photo by Laurent Attias, Masahiro Okamura

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